<   2008年 01月 ( 8 )   > この月の画像一覧

ネオハリー実生(1年4ヶ月)

2006年秋に播種したペルシダム・ネオハリーを2007年11月に植え替えました。
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種子はメサガーデンから購入した"1410.82-pellucidum var. neohallii SB628 Deurdrift, half opaque"です。
有窓種の頂面模様は、「窓(透明な部分)」と「島(不透明な部分)」からなり、それぞれの大きさや色には個体差があります。このナンバーは白みがかった半透明の島と、比較的小さく線模様になる窓が美しく、島の色も緑から赤っぽいものまで幅があります。市販されるネオハリーはこのナンバーの実生が多いようです。

今秋の脱皮でもうちょっと特徴がはっきりするでしょう。生育も良いので開花するかも知れません。花色は白です。
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by conocono123 | 2008-01-27 22:34 | 実生記録(2006年秋播)

スペクタビレ実生(1年4ヶ月)

2006年秋に播種したスペクタビレ(親株と植え替え前の実生はこちら)実生を11月に植え替えました。
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左から縦6列がスペクタビレで、大きなものは長径が1cm以上になりました。模様の具合に個体差が見られます。
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by conocono123 | 2008-01-27 20:59 | 実生記録(2006年秋播)

Conophytum calculus subsp. vanzylii

Conophytum calculus subsp. vanzylii(Lavis) S.A.Hammer
Sect. Cataphracta
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B&H2307
Koeriesberg産
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by conocono123 | 2008-01-08 00:20 |  C. calculus (2)

'待宵姫'

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今シーズンは開花が遅くなり、年始早々に満開となりました。

原種C. ficiformeそのものの選抜個体と思われますが、園芸品種名(=個体名)を付与されて流通しているため、園芸品種のカテゴリーに分類しました。花色はフィシフォルメとしては濃いめのピンク色で、コノフィツムハンドブックでは「最も濃い」とあります。花径は直径20mmほど。強い香りがあります。ボディーは白っぽい緑色で、鮮明な緑色の線模様がありますが、'八重垣姫'のような赤色線にはなりません。
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by conocono123 | 2008-01-07 01:07 |  夜咲類 (5)

Conophytum tantillum subsp. helenae

Conophytum tantillum subsp. helenae (Rawé) S.A.Hammer
Sect. Minuscula
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by conocono123 | 2008-01-05 23:59 |  C. tantillum (1)

交配記録2005

'八重垣姫'をベースとした交配は2005年からチャレンジしています。2006年の交配は失敗で種子が採れなかったため、2007年に同じ組み合わせで再チャレンジしました。
2005年は適当な花粉親が無かったため、下の写真のような交配を行い、4粒だけ種子が採れました。'八重垣姫'は何度交配しても種子が採れにくく、種子親としてはあまり適当では無さそうです。
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2006年の夏に採種し、同年秋に播種しました。4粒とも発芽しましたが、1本が夏越し中に枯死し、2008年1月現在3本が生存しています。2007年秋の脱皮で顔が見えて来たので紹介しましょう。
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この写真には、3本生存したうちの2本(矢印)が写っています。小さいながらも親譲りの赤い線模様が出ていて、少しは期待が持てそうな雰囲気があります。透明な斑点が目立つのは父親譲りでしょうか。ただ、思ったより生長が悪く、いつ消えてしまうかとハラハラしています。
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by conocono123 | 2008-01-05 20:18 | 交配記録

ネズミ避けネット設置

数年前から2階ベランダの栽培場にネズミが出るようになってしまいました。リトープスの群生株が特に好きなようで、気がついた時には陰になっている方の数頭が無くなっていました。実生株は引き抜いて食べられてしまいました。
コノフィツムはあまり好きでは無いようですが、ブルゲリやRラツム等有窓系の実生には気を惹かれるらしく、引き抜かれ、歯型が残った1〜2年生株がいくつか出ました。他のコノフィツムは安心かといえばそうでもなく、挿し木したばかりの株が何本も引き抜かれていました。
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↑ 歯型(矢印)の残るペルシダム実生苗

つまり、どの種類でも一応匂いを嗅いだり、引っ張ってみたりして吟味しているのでしょう。根が十分に張った株がたまたま倒されなかっただけだと思います。小型種であるレコンディツムは根こそぎ掘りとられて姿が見えなくなっていました。好きな順に食べている可能性があり、リトープスが無くなったら次はコノフィツムを食べ始めるかも知れません。このままでは精神衛生上もよろしくないため、ネズミ避けにネットを設置しました。
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ホームセンターで小動物避けネット(目の一辺は20mmほど)を購入し(90cm x 8m=約900円)、自作木製棚の周囲をぐるりと囲みました。 ネットの材質はビニールのような柔らかなものですから、簡単に喰い破られそうなのでちょっと心配です。それほどの好物でもなさそうなので、このような簡単な障害物でも有効であることを期待します。取り急ぎ設置したので、このままではネットの開閉が大変です。またの休日に開閉が簡単なように細工することにします。
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by conocono123 | 2008-01-05 19:45 | 栽培トラブル集

園芸品種開発の嚆矢'花園'

コノフィツム栽培に関して日本で特異的なことは、非常に多くのタビ型園芸品種が作出され販売されていることです。イギリスやドイツのカタログを見ると、園芸品種はほとんど掲載されておらず、フィールドナンバー付きの原種ばかりです。たまに掲載されていても、そのほどんどは'御所車'等の日本産園芸品種です。このような我が国に渡来した外国産の植物から多くの園芸品種が作出されたことは、コノフィツムと同じ多肉植ではハオルチアでも見られます。同じ「趣味の多肉植物栽培」といってもイギリスやドイツと日本では、随分とコレクションの傾向に違いがあるようです。恐らく前者は植物分類学や資源植物学といった自然科学から派生した価値観に基づくもので、後者では「園芸」と呼ばれる芸術的な価値観に由来するように思われます。

さて、現在多数あるコノフィツムの園芸品種はいつ頃から作出されたものなのでしょうか? 「園芸ニュースレター」1994年11月号(コノフィツム特集号)に松本市「錦園」園主・田中正人氏が「美しき花と夢を追って」と題した短い記事を寄稿しておられます。錦園園報(カタログ)に収載されている種類数の変遷が記載されていましたので、この記事をベースに品種開発の歴史を時系列に拾ってみました。種の数には、原種からの選抜個体数と交配品種数が合わさっていることにご注意ください。

1940年(昭和15年)  5種
1950年(昭和25年)  30種
1952年(昭和27年)  錦園、戦後初の写真入りカタログ発行
            足袋型を主体に実生テスト開始
1957年(昭和32年)頃 足袋型初の赤花開花(温室内自然交雑?)
1960年(昭和35年)  赤花品種第1号‘花園’販売(1頭600円)
            40種
1970年(昭和45年)  158種
1980年(昭和55年)  306種
1990年(平成2年)  405種
1994年(平成6年)  352種(うち交配種は足袋型56、鞍型19、丸型2、計77)

記事によると、1952年頃、株分けによる増殖では需要を満たすのが難しくなったため実生を始めたそうです。タビ型種に偶然実った種子を播種し、結果には期待していなかった様子がうかがえます。当時のタビ型種は黄花だけだったようで、播種から4〜5年後、黄花ばかりの中に1個体が赤い花を着けているのを発見した時の喜びを、「天にも昇る思い」と表現しています。この個体は'花園'と命名され、1960年に1頭600円で収載されることとなりました。当時、米10kgが約1,000円ですから、かなり高級な品種だったと言えるでしょう。これが錦園における交配品種第一号とのことで、これをきっかけに様々な交配が試みられることになりました。'花園'をベースに、紅波園園主より譲り受けた「鞍型の中の紫花など珍品数種」が交配され、白、赤、紫、ピンクなど、今日見るような多くの園芸品種が作出されることとなりました。

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↑'花園' *)

この記念すべき'花園'ですが、どのような偶然がこの赤花を咲かせたのでしょうか?田中氏は、唯一のタビ型種であった'寂光'(原種フルテスケンス)との自然交配の可能性や突然変異を考えていたようです。コノフィツムのオレンジ〜赤花は、黄花とピンク〜紫花との交配で出来ることが現在では判っています。即ち、黄色の色素であるベタキサンチン(カロテノイドの可能性もあり?)と紫系の色素であるベタシアニンが同時に作られることにより、混ざって赤っぽい色に見えるのです。すると、花粉親はピンク〜紫系の花を着ける種、しかもタビ型種と交配親和性のある種ということになります。1950年頃、錦園ではどのような種類を栽培していたのかが気になるところです。

<参考記事>
コノフィツム栽培の歴史より抜粋
1922年(大正11年)  N.E.Brownがコノフィツム属(円錐形植物の意味)創設
大正末期〜昭和初期   日本に渡来
1931年(昭和 6年)   業者のカタログ及び同好誌に「コノフィツム」の名前が登場
1935年(昭和10年)  このころが戦前の輸入最盛期
1940年(昭和15年)  このころ80余種が栽培されていた
  -- 戦争による中断 --
1955年(昭和30年)  カタログに30〜50種がみえる(戦争を生き残った品種)
1960年(昭和35年)  このころ輸入再開
1964年(昭和39年)  正木五郎、田中喜佐太著「女仙」(錦園のサイト参照)刊行
  このころ田中喜佐太氏による'安珍'、'朱楽殿'、'紫雲殿'、'銀河'等の交配品種の作出
1966年(昭和41年)  日本コノヒツム協会誕生(注:原文のまま)
1970年(昭和45年)  このころまでに300種近くが株や種子で輸入。趣味家急増
1973年(昭和48年)  ガーデンライフ誌に特集記事

*) '花園'と呼ばれる品種は、現在複数出回っています。この写真の個体は約30年前に入手したもので、コノフィツムハンドブックに収載されているものと同一クローンと思われます。
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by conocono123 | 2008-01-01 21:16 | メモ(備忘録)